「朝、目が覚めるとひどい頭痛がする」
「仕事のことを考えようとすると、頭の中に白いモヤがかかって思考が止まる」
新卒で入社し、現場の作業責任者としてがむしゃらに働いていた私は適応障害と診断されました。
当時は「ここで辞めたら人生終わりだ」と本気で思い詰めていましたが、今なら断言できます。適応障害の最大の特効薬は、薬でもカウンセリングでもなく、「その環境から物理的に離れること」です。
今回は、私が絶望の淵から「辞める勇気」を持ち、最終的に公務員・大企業へと逆転できたリアルな軌跡をお話しします。
休みは月1回。異常すぎる暗黒の現場
私の新卒時代は、過酷すぎる部署に配属されました。 現場の作業責任者になり、休みは月に1回。朝から晩まで現場に追われ、心身の疲労は限界を超えていました。
とうとう私は立てなくなり、新卒2年目で、2カ月休職しました。
その時の私はまだ「復職して頑張らなきゃ」と自分を追い込んでいました。そんな休職中、上司との面談の際、衝撃の真実を知りました。
「実はお前の指導者も休職した経験があるんだよ。あと、〇〇さんはストレスで病気になり、食事制限しなきゃいけない体なってしまったんだよ。でもみんな乗り越えて今も頑張ってるんだし、ゆっくり休んでまた戻ってきな。」
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「私の職場ヤバすぎる!!」と素直に衝撃を受けました。
ちなみ、ストレスで円形脱毛症になっていた先輩もいました。
「残業はご褒美だろ?」:その一言が人生のターニングポイントに
休職を経て復職した直後、会社に激震が走りました。新しく就任した社長が、全社員と個別面談を行うというのです。
私は、自分の体調や現場の過酷さを少しでも理解してもらえるのではないかと、淡い期待を抱いて面談に臨みました。
しかし、そこで投げかけられた言葉は、私の人生観を180度変えるものでした。
「君、残業ができて、休日出勤もできて、その上にお金ももらえるんだよ? こんなに貴重な経験、他ではできないよ。幸せなことだと思わないか?」
この瞬間、私の中で「プツン」と何かが切れる音がしました。
「あ、この人たちとは、一生分かり合えることはないんだ」 絶望したと同時に、不思議と心が軽くなりました。
「こんな価値観の場所にいたら本当に壊れてしまう」と、辞める決心がついたのです。
退職した瞬間に晴れた「頭のモヤ」
数カ月後、私は正式に退職し、いわゆる「ニート」になりました。 無職になる不安がなかったと言えば嘘になります。しかし、会社を離れて数週間経った頃、驚くべき変化が起きました。
あんなに毎日私を苦しめていた原因不明の頭痛が、綺麗さっぱり消えていたのです。 さらに、思考を妨げていた「頭の中のモヤ」も晴れ、「次は何をしようか」と前向きに考えられる自分に戻っていました。
適応障害の症状は、体が発していた「これ以上ここにいたら壊れるぞ」という生命維持のサインだったのだと、身をもって理解しました。
「辞める=逃げ」ではなく戦略的撤退である
一度レールを外れ、ニートになった私ですが、その後しっかり休養したことでエネルギーを充填。結果として公務員試験に合格し、その後は大企業へのキャリアアップも果たしました。
もしあの時、新社長の言葉を鵜呑みにして無理を続けていたら、今の私はなかったでしょう。
「辞める勇気」を持つことは、決して逃げではありません。自分自身を守り、次のステージで勝つための「戦略的撤退」なのです。
まとめ:つらいときは、迷わず逃げていい
今、もしあなたが仕事で心身を壊しかけているなら、これだけは覚えておいてください。
会社はあなたの代わりを見つけられますが、あなたの人生の代わりはどこにもいません。
「頭が痛い」「会社に行きたくない」という感覚は、あなたの心が必死にあなたを守ろうとしている証拠です。
その職場に執着せず、一度リセットする勇気も必要かもしれません。
辞めた後に待っているのは、終わりではなく、あなたがあなたらしく生きられる新しい道です。
助手ちゃん「辞めたら人生終わり」なんて、追い詰められている時はそう思っちゃうけれど、運営者さんの体験がその常識を塗り替えてくれたわ。
退職してモヤが晴れた後に運営者さんが逆転劇を演じたように、今苦しんでいるあなたにも、必ず明るい未来が待っているはずよ。さあ、一緒に新しい道を探していきましょう!
退職後、ニートから公務員・大企業に合格した道のりはこちらの記事をご覧ください。


